古い柱時計がカチコチと規則正しい沈黙を刻む夕暮れの部屋、一対一で向かい合い、言葉... #エッセイ

古い柱時計がカチコチと規則正しい沈黙を刻む夕暮れの部屋、一対一で向かい合い、言葉のあらすじが尽き果てたその先にある静かな時間。

かつての私は、相手の悩みをすべて解決してあげる万能の導き手にならねば価値がないと、 Doing の操作を急いでばかりいた。

しかし、心理学者カール・ロジャーズが看破した通り、相手を自分の思い通りに変えよう、良くしようとする一切の操作を捨て去ること。

ただその存在を無条件に受け入れる「無条件の肯定的関心」をもって、判断を挟まず目の前にただ誠実に佇む Being の贅沢。

「実は私にも、どうすればいいか分からないのです」と素朴な本音のインクで語りかけた瞬間、空間を支配していたトゲトゲとした緊張の膜はほどけていった。

安易な常識や他人の浅い解釈で要約されることを拒絶し、うまく言えない胸の奥の質感(フェルトセンス)の傍らに、名前をつけずにただ伴に佇む調律。

この透明な響き合いが訪れた安全基地(セキュアベース)のなかでこそ、滞っていた相手の体験のプロセスは、有機的に前進を始める。

小さな物理的サインを大切な味方として迎え入れた瞬間、体が「ふぅ」と小さく緩むフェルトシフトが引き起こされる。

喉の奥の詰まりがほどけるのと同時に、自らの胸の奥のつかえもふっと優しく溶け去っていくのだろう。

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