私たちは目に見える派手な成功や、声高に主張されるカリスマの「正解」という名の鎖に... #エッセイ

私たちは目に見える派手な成功や、声高に主張されるカリスマの「正解」という名の鎖に、つい目を奪われてしまいがちだ。

張り詰めた空気のなかで、他人の顔色を伺いながら波風の立たない生き方を続ける毎日は、魂を激しく磨耗させていく。

リルケが美しい詩のなかで指し示すのは、そんな外界の喧騒から一歩ステップバックし、目に見えない静けさの奥にある真の美しさを感じなさいという静かな命令。

言葉のあらすじが尽きたその先で、ピンと糸が張り詰めた、けれど温かい沈黙の空間にただ佇んでみる。

言葉になる手前の、輪郭の曖昧な胸の奥のもやもや(フェルトセンス)にそっと意識のスポットライトを当てる探求。

そのうまく言えなさのなかにこそ、誰にも消費されていない、生命が脈打つリアリティが眠っている。

Being(存在)としての自分をただそこに置くとき、あなたのノートには、見たこともない凪の模様が静かに、新しく綴られ始めるだろう。

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