なぜ自分だけがこんな目に遭わな...

なぜ自分だけがこんな目に遭わなければならなかったのかという、あの底なし沼のような問いが頭を支配し、日常の会話のスピードがふっと途切れて永遠の空白が生まれるスローモーション。

淡いピンク色の桜の蜜の匂いをかすかに孕んだ風がふっと吹き抜け、朝霧のなかに建物の輪郭をあいまいに溶かしていく、春の朝霧の高原の古い保養地。

「なぜ私だけが」という問いは、あなたの神聖な感受性を過去の底なし沼へと執拗に引きずり込む、頭の中の不機嫌な裁判官の声の過酷さ。

不条理を呪い続けて悲劇の主人公に留まっていたほうが、自らの足で歩み出す実存的な責任を背負わずに済むという、無意識の二次的利得の誘惑が頭をよぎるかもしれない。

しかし、その不毛な問いをそっと保留(エポケー)にして、「この状況から私はどう応答するか」と主語を自分に戻す、境界線の引き方。

問いの反転こそが、不条理な現実に対して精神の自由を堂々と宣言する、もっとスッキリとした実存的な自治のしつらえなのだと思います。

被害者としての安全な檻に留まりたい弱さと、この不確実性を引き受けて立ち上がる覚悟が、骨盤の底で静かに溶け合っていく。

他人に理解されるための流暢な説明をそっと地面に手放し、白黒はっきりとは割り切れない複雑なグラデーションを強引に塗りつぶそうと急がず、ただじっと見つめている。

このブログの人気の投稿

選択のまばたき

長年使い込まれてエッジの尖った...

佇まいの聖域