真夜中の時計の秒針だけがチクタ...

真夜中の時計の秒針だけがチクタクと規則正しく響く暗い部屋で、誰かからの優しい言葉や救いの連絡を待ってスマートフォンを凝視していた夜。

画面をスクロールするたびに、皮膚の表面はピリピリと寒気を覚え、胸の奥がキュッと締め付けられるような生き辛さを抱えて立ち尽くしていた。

しかし、他人に傷を癒やしてもらうのを外側で待ち続けない、という実存的な自治の覚悟が、魂の主権を取り戻す鍵となる。

自分で、自分の身体の内側の声をそっと聴き、まだ言葉にならないそのもやもやとした感覚(フェルトセンス)を手のひらで暖めてあげるセルフケア。

安易な心理学の言葉や他人の浅い解釈で自分の傷を要約するのをやめ、自分が、自分の「一番の理解者」としてただ伴に佇んでみる Being の調律。

「そう思うのも無理はなかったね」と、みぞおちのあたりの硬直に寄り添う無条件の肯定。

絶対的な安全基地が自らの内側に整ったとき、凍りついていた生命のプロセスは再びみずみずしい息を吹き返し、静かに前進を始める。

お腹の底の軸がどっしりと安定するにつれて、張り詰めていた神経系の糸は芯から心地よくほどけていくのだろう。

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