外では凍てつく北風がヒューヒュ...

外では凍てつく北風がヒューヒューとトタン壁を激しく揺らしているけれど、内部には間引かれたトマトや枯れ草の素朴な匂いが漂う、冬の昼下がりの誰もいない果樹園の古い作業小屋。

積み上げられた古い木製コンテナの、ささくれた表面のざらざらとした乾いた凹凸を手のひらの皮膚でありありと確かめながら、一人で静かにリラクゼーションの時間に身を浸しています。

すべての不穏な生活の音が完全に止まった、冬の休耕地の上にどこまでもひろがっている、あの平坦で灰色の空の圧倒的な静けさと、自らの肉体の物理的な存在感。

「早く元気になって有能さを証明しなければ社会から置き去りにされる」という、外側の社会が強いるあまりにも効率的な時間軸の力学。

その自らを型にはめ込もうとする過酷な Doing(操作)の濁流から、今日、自らの明確な意思によってカチッと静かに回線を切り離す境界線の引き方。

何の生産性もない、他人に説明のつかない涙のなかに自らの生身のすべてを優しく委ねてあげる、大人の引き算のしつらえ。

他人に理解されるための流暢な説明をそっと地面に手放し、ただ不完全な現在のままで佇む Being の絶対的な安全基地。

主権をお腹の底にどっしりと取り戻した瞬間、凍りついていたみぞおちの硬直は温かく溶け去り、強張っていた背中の筋肉は、芯から心地よくほどけていくのかもしれません。

このブログの人気の投稿

選択のまばたき

長年使い込まれてエッジの尖った...

佇まいの聖域