現像液のツンとする酸っぱい匂い...

現像液のツンとする酸っぱい匂いと、赤いセーフライトの薄暗い光が狭い空間を妖しく満たしている、秋の夜長の古い写真屋の暗室の片隅。

暗闇に目が慣れていくにつれて、印画紙の上にゆっくりと浮かび上がってくる白黒の不規則な陰影を、息を詰めるようにして極限まで接写する視点で見つめている凪の時間。

哲学者フリードリヒ・ニーチェがかつて看破したように、自らの内に混沌(グラデーション)を抱えていなければ、独自の美しい踊る星を生み出すことなど絶対に不可能なのだと思います。

他人の作った粗い物差しに自分を無理やり合わせるあまり、自らの中にある混沌や、言葉にできないもやもやした衝動を、未熟なバグや不良品として冷酷に排除しようと急がないでほしい。

社会に適応するために自分の一部を切り捨てるという、あの心臓の裏側を目の粗いサンドペーパーで削られるような防衛機制の痛みを、もうこれ以上自分自身に強いる必要はないのだから。

硬い正論の鎧をそっと床へ脱ぎ捨て、その流動的なグラデーションをそのまま生きることこそが、新しい輝きを創造するための、もっとも豊かな生命の苗床なのだと自らのからだに優しく語りかけてあげるセルフケアのいとなみ。

自分の内なる醜さや混沌に対する嫌悪感と、それすらも愛おしいと感じる深い慈悲が、胃の腑で静かに混ざり合っていく。

他人に理解されるための流暢な説明をそっと地面に手放し、ただ不完全な現在のままで佇む、割り切れないもやもやを抱えたままの今夜の実存。

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